ケメのヒーリングスペース

    0磁場分杭峠~安曇野を起点に、スピリチュアルシンクロヒーリングな日常を綴ってます。

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    マッカーサーの謝罪

    2013/08/05 19:03 ジャンル: Category:マスコミ報道の嘘
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    「日本は自衛戦争」マッカーサー証言 
    都立高教材に掲載 贖罪史観に一石

    2012.3.30 08:11
     日本が対米戦争に踏み切った理由について、
    連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官だった
    マッカーサーが1951(昭和26)年、
    「主に自衛(安全保障)のためだった」と述べた
    米議会での証言が、
    東京都立高校独自の地理歴史教材の
    平成24年度版に新たに掲載される。
    日本を侵略国家として裁いた東京裁判を、
    裁判の実質責任者だったマッカーサー自身が
    否定したものとして知られる同証言を、
    公教育の教材が取り上げるのは初めて。

    昭和の戦争での日本を「侵略国家だった」と断罪した
    東京裁判に沿う歴史観は、
    「日本国民は…政府の行為によつて再び戦争の惨禍が
    起ることのないやうにすることを決意」で始まる
    憲法前文にも反映され、「軍隊を持たず」という
    国際社会でも異質な国家体制の前提となってきた。

    歴史教育は「贖罪(しょくざい)史観」一辺倒となり、
    子供たちの愛国心を育んでこなかった。
    その歴史観が絶対ではないことを示す
    マッカーサー証言の公教育での教材化は、
    戦後日本の在り方に一石を投じそうだ。

    証言は、朝鮮戦争で国連軍やGHQの司令官職を解任された
    マッカーサーが1951年5月3日、
    米上院軍事外交合同委員会の公聴会に出席し、
    朝鮮戦争に介入した中国への対処に関する質疑の中で言及。

    連合国側の経済封鎖で追い詰められた日本が、
    「主に自衛(安全保障)上の理由から、戦争に走った」
    と述べた。

    都の教材は、この部分の証言を英文のまま掲載し、
    《この戦争を日本が安全上の必要に迫られて起こした
    ととらえる意見もある》としている。

    教材は、江戸時代以降の日本の歴史を、
    東京の歩みとともに紹介する『江戸から東京へ』。
    都教委が都立高校の全生徒に平成23年度から配布している。
    都民の意見をもとに改訂した24年度版は、
    全新入生約4万3千人に配布する予定。

    『江戸から東京へ』に掲載されたマッカーサー証言については、
    月刊「正論」5月号(3月31日発売)が詳しく紹介している。






    マッカーサーの謝罪→MORE
    マッカーサーの謝罪

    日本の皆さん、
    先の大戦はアメリカが悪かったのです。
    日本は何も悪くありません。
    日本は自衛戦争をしたのです。
    イギリスのチャーチルに頼まれて、
    対ドイツ参戦の口実として、
    日本を対米戦争に追い込んだのです。

    アメリカは日本を対米戦争に誘い込むために
    イジメにイジメぬきました。
    そして最後通牒としてハルノートを突きつけました。
    中国大陸から出て行けだの、石油を輸入させないなど、
    アメリカに何の権利があったというのでしょう。
    当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。
    白人はよくて日本人は許さなかったのです。

    ハルノートのことは私もアメリカの一般国民も
    知りませんでした。
    あんなものを突きつけられたら、
    どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。
    戦争になれば、圧倒的な武力でアメリカが勝つことは
    戦う前からわかっていました。
    われわれは戦後、
    日本が二度と白人支配の脅威にならないよう
    周到な計画を立てました。

    アメリカは知っていたのです。
    国を弱体化する一番の方法は

    その国から自信と誇りを奪い、

    歴史をねつ造することだと。

    戦後、アメリカはそれを忠実に実行していきました。
    まず、日本の指導者は間違った軍国主義をとって
    アジアを侵略していったと、嘘の宣伝工作をしました。
    日本がアジアを白人の植民地から解放するという
    本当の理由を隠すため大東亜戦争という名称を禁止し、
    代わりに太平洋戦争という名称を使わせました。

    東京裁判はお芝居だったのです。

    アメリカが作った憲法を押しつけ、
    戦争が出来ない国にしました。

    公職追放をして、まともな日本人を追い払い、
    代わりに反日的な左翼分子を大学など
    要職にばらまきました。
    その教え子たちが今、マスコミ、政界などで
    反日活動をしているのです。

    徹底的に検閲を行い、アメリカに都合の悪い情報は
    日本国民に知らせないようにしました。
    ラジオ・テレビを使って、戦前の日本は悪い国だった、
    戦争に負けてよかったのだと、日本国民をだましました。
    これらの政策が功を奏し今に至るまで、
    独立国として自立できない状態が続いているのです。

    私は反省しています。
    自虐史観を持つべきは日本ではなくアメリカなのです。
    戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って
    何十万人という日本人を虐殺しました。
    最後に私が生きていた時の証言を記して
    謝罪の言葉としたいと思います。

    『私は日本について誤解していました。
    日本の戦争目的は侵略ではなく、自衛のためだったのです。
    太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは
    共産主義を中国において強大にさせたことでした。

    東京裁判は誤りだったのです。
    日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、
    その半分が農業人口で、
    あとの半分が工業生産に従事していました。
    潜在的に日本の擁する労働力は量的にも質的にも、
    私がこれまで接したいずれにも劣らぬ優秀なものです。
    歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は
    人間が怠けている時よりも、働き生産している時の方が
    しあわせなのだということ、
    つまり労働の尊厳と呼んでよいようなものを
    発見していたのです。
    これまで巨大な労働力を持っているということは、
    彼等には何か働くための材料が
    必要だということを意味します。
    彼らは工場を建設し、労働力を有していました。
    しかし彼等には手を加えるべき材料を得ることが
    出来ませんでした。
    日本原産の動植物は、
    蚕をのぞいてほとんどないも同然でした。
    綿がない、羊毛がない、石油の産出がない。
    錫がない、ゴムがない、ほかにもないものばかりでした。
    そのすべてがアジアの海域に存在したのです。
    もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、
    一千万から一千二百万人の失業者が
    日本に発生するであろうことを彼等は恐れたのです。
    従って日本が戦争に飛び込んでいった動機は
    大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。』
                  
    アメリカ上院軍事外交合同委員会の公聴会にて
                                     
    1951年5月3日
              
    ダグラス・マッカーサー


    http://flat.kahoku.co.jp/u/bihyana/p2ikKtmGnyZOY50q7FAf/

    ↑元の記事は削除されたようです。
      
    2012年04月10日
    日本の子供を劣化させようとする産経と東京都

    1943年マッカーサーは惑星間現象調査部隊を組織した。





    東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実―GHQの検閲下で報じられた「東京裁判は誤り」の真相東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実―GHQの検閲下で報じられた「東京裁判は誤り」の真相
    (2013/05/31)
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