ケメのヒーリングスペース

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    ディスクロージャー原爆実験結果・広島・長崎

    2013/01/15 12:13 ジャンル: Category:マスコミ報道の嘘
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    グレッグ・ミッチェルの『原爆の隠蔽』は、
    2011年8月9日のアメリカの市民系映像ニュースメディア
    「デモクラシー・ナウ!」で取り上げられ、福島の原発事故
    による放射能の影響を考える上での指針として、
    日本でも非常に注目を浴びているそうだ。



    Democracy Now


    2011/8/9(火 再生時間: 26分

    3.11の福島原発事故は、
    核エネルギーを安全に使いこなせるという
    原子力「安全神話」をくつがえしました。

    原子力の平和利用という謳い文句の下、
    放射能の危険を軽んじたのは日本も米国も同じでした。
    あまりにも残虐な武器の使用を正当化するために、
    被爆者の惨状を隠そうとする動きは、
    終戦直後から始まりましたが、
    さらに冷戦下の核軍拡競争と原子力発電推進の中で、
    米国は原爆の全貌を国民の目から隠しました。

    ウソで固めた核の時代が始まったのです。

    グレッグ・ミッチェルの新著『原爆の隠蔽』は、
    被爆直後に撮影されながら米国政府の手で極秘とされ、
    何十年も日の目を見ることのなかった記録映画がテーマです。
    日本人が撮影した白黒映画は米軍に没収されたものの、
    こっそり隠されていたフィルムが
    やがて世に出るようになりましたが、
    米軍が撮影したカラーの映像は厳重に隠され、
    撮影した兵士の熱心な運動で1980年代に
    ようやく禁が解かれました。

    それでも今にいたるまで、
    実際に目にした人はごく限られています。

    原爆のタブー視はいまも続いています。
    ミッチェルは新著の宣伝も兼ねて、
    この映像のごく一部をYOUTUBEに流そうとしました。

    するとグーグルから文句が来た。
    「こんな暴力ビデオ」は、載せられない、と。
    暴力に反対し、検閲を批判するビデオを、
    グーグルは検閲しようとしたのです。

    幸い、大勢の人々が抗議の声をあげたため、
    「検閲」は撤回されましたが、
    66年間続いてきたウソとごまかしの試みに
    新たな1ページが加わりました。

    番組では以上の貴重な映像を流すと共に、
    原爆の爆撃手の証言、
    ヒロシマとナガサキへの一番乗りを果たした記者たちの
    エピソードも明らかにします。

    ナガサキへの投下飛行に同乗した爆撃手は、
    投下が軍事目的だけで無く、
    「科学的にも貴重な実験」だったと語ります。

    「鉄筋コンクリートや鋼鉄がどの程度、
    破壊されるか」知りたかったので、
    それまでに空襲されたことのない「処女目標」が選ばれた、

    長崎投下の時には、
    投下すれば街が砂漠のようながれきの街になることが
    はっきりわかっていた、と。

    終戦後、米軍による厳しい報道管制がしかれる中、
    外国人記者たちは現場への一番乗りを目指します。
    米軍の立ち入り禁止令に逆らい、
    30時間をかけた汽車の旅の末、
    ヒロシマにたどり着いた
    オーストラリア人のバーチェット記者は、
    「原爆症」におののきます。

    「何故死ぬのかわからないと、医者は首をかしげた」
    「抜けた黒髪の上に頭を横たえる女性たちを見ていると
    足がガクガクした」とバーチェットは、
    「世界に警告する」という文で始まる記事で報道しています。
    9月6日にナガサキ入りした米国人の
    ジョージ・ウェラー記者も
    「X病」と呼ばれていた被爆症の恐怖を書きましたが、
    長文の記事原稿は
    マッカーサー元帥に没収されてしまいました。

    残されていたカーボン・コピーを元にウェラーの息子が
    記事を完全な形で出版したのは、
    記者の死後の2002年のことでした。

    軍の裏をかこうとあがいた記者もいれば、
    軍に愛された記者もいました。
    ニューヨークタイムズ紙のウィリアム・ロレンスです。
    科学専門記者だったロレンスは、
    原爆開発計画「マンハッタン・プロジェクト」
    を宣伝したかった戦争省に気に入られ、
    会社の承認のもと、
    タイムズ記者の身分を保ちつつ戦争省にも雇われました。

    ナガサキへの原爆投下の際には、
    軍の随行機に乗って投下を目撃しました。
    9月12日の記事でロレンスはこう書きました。

    「日本発の報道は誤りだ。被爆者の死因は放射能ではないと、
    核実験が証明している」。
    現地取材無しの断言でした。
    原爆開発記事で1946年にピュリッツァ賞を受賞したロレンスは、
    政府の思惑に貢献したことに、心底名誉を感じた記者でした。
    核兵器や原発の真の危険にふれるものはすべて隠し、
    国民を危険にさらす。
    政府の情報隠しがあるところ、寄り添う記者がいます。
    広島と長崎への原爆投下は
    正当化され核兵器の危険性を口にしつつも、
    米国は、核兵器を使った先制攻撃を、
    いまも否定していません。
    66年前、闘った記者たちの流れをくみ、
    ミッチェルはいまもなお進行中の隠蔽に挑戦します。
    (大竹秀子)

    ゲスト

    *グレッグ・ミッチェル(Greg Mitchell)
    米国新聞業界誌『エディター・アンド・パブリッシャー』誌や
    『ニュークリア・タイムズ』誌で長らく編集者を務め、
    また1960年代の伝説的音楽雑誌『クラウダディ!』誌の
    上級編集者としても名を馳せた。
    現在は、『ネイション』誌と
    そのウェブサイト(TheNation.com)で
    執筆活動を行なっている。

    ロバート・ジェイ・リフトン(Robert Jay Lifton)との共著
    『アメリカの中のヒロシマ』をはじめ
    広島と長崎の原爆投下について多数の著作があり、
    新刊著はAtomic Cover-Up
    : Two U.S. Soldiers,
    Hiroshima & Nagasaki and The Greatest Movie Never Made 
    (『原爆の隠蔽 2人の米兵 ヒロシマ&ナガサキ、
    制作されなかった偉大な映画』)。
    2011年には、ネイション誌のサイトで
    ブログ"Countdown to Hiroshima 1945"を展開し、
    7月25日からヒロシマに原爆が投下された8月6日にいたるまでの
    1945年のいきさつを1日ごとに詳細にたどった。
    日本語翻訳書に、『ウィキリークスの時代』もある。
    字幕翻訳:内藤素子/校正:桜井まり子
    全体監修:中野真紀子/サイト作成:丸山紀一朗




    グレッグ・ミッチェル





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