ケメのヒーリングスペース

    0磁場分杭峠~安曇野を起点に、スピリチュアルシンクロヒーリングな日常を綴ってます。

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    一・二・三…(ヒ・フ・ミ…)はエジプト語

    2012/10/11 13:36 ジャンル: Category:神代文字
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    エフライム工房  

    日本語のルーツ ヒエログリフ


    日本語の単語というものは、もう一段階分解できる。
    そして分解した形で比較すると、
    古代エジプトのヒエログリフと極めて多くの一致を見る。
    なぜならば、ヒエログリフの文字体系は、日本人の祖先である
    エジプト宰相ヨセフが完成したからである。

    世界の主要な文字体系は、全てセム系の考案である。
    エジプトのヒエログリフだけが、唯一ハム系という例外は
    あり得ないのである。
    第一、ヒエログリフのような具象的な感覚は、
    アフリカ美術を見れば分かるように、
    元々が黒人である古王国以前の元祖エジプト人のものではない。
    古王国は日本人の祖先のイスラエル王朝であり、
    それで具象の感覚に優れているのである。

    さらに、漢字の音読みと訓読みもヒエログリフにルーツがある。
    ヨセフの義理の父であるオン(ヘリオポリス)の祭司
    ポテペラ式が音読み、実の父のヤコブがクンム(クヌム)と
    呼ばれたので、こちらが訓読みとなったのに始まる。
    古代エジプト時代のイスラエルの言葉は、
    二度も復元された現ヘブライ語と違って、
    日本語にこそ原型が残っているのである。
    もっとも、ヒエログリフをギリシャ語、フランス語、
    英語、ドイツ語、などに訳したものをテ
    キストとしてはならない。
    ヒエログリフと日本語は、同じ祖先の言葉としてダイレクトに
    比較しなくては何も見えては来ない。
    その基本を外すと、的外れな批判に走る
    間違いを犯すことになる。



    クフは日本人の祖先、
    イスラエルの別名を持つヤコブだった。
    エジプト古王国はイスラエル王朝である!


    kufu-color.jpg
    クフ像~ヨセフ(ジェセル王)が刻んだ父の姿

    これが日本人の祖先、
    イスラエルの別名を持つ130才のヤコブである。
    メーソン(石工)の頭領だったので
    クフ・ウ(工夫の語源)と呼ばれた。
    大相撲の北の湖理事長が年を取って歯が抜けると
    このような顔になる。
    相撲はヤコブの故事を記念したものなので、
    化粧まわしにはクフ像の足下と同じ
    乳(ち)という飾りが付けられる。
    詳しくは『私だけの古代史第二部・エジプト編』7~9章。
    (図は「新潮社 エジプト驚異の古代文明」より)


    『続・カインをぶら下げている日本人』~日本語編



     F.一・二・三…(ヒ・フ・ミ…)はエジプト語


     ヒエログリフで最大の謎は、
    数詞の読みが分からないということである。
    数詞(というよりも記号)という事は分かるから、
    一応文章として解読できるが、
    10や100などの大きな数の他は、
    基本的な1・2・3なども含めて、
    実は読み方が分からないまま放置されているのである。
    しかし、ヒエログリフを解析すると、
    数詞が日本語のヒ・フ・ミ…であると理解される。

    古代エジプトの数で、10を表わすmdは
    ムジャとかメジャとか読まれている。
    しかしこれは、モドが正しいのである。
    なぜならば、日本語の「戻る」の語源だからであり、
    ヒエログリフも「行って、戻って」を
    表意した形に作られている。
    ちなみに、投げると戻って来るブーメランも
    エジプトにルーツがある。

    0(ゼロ)の概念がなかった頃の数詞は、
    0から始まるのではなく1から始まる。
    だから、1・2・3…と進んで行くと、
    10が最後で再び1に戻る。
    11は10足す1なのである。
    ちなみに、戻るなどの「る」は行為を表わす。
    10というのは、十全などの表現で分かるように、
    何かが完成した状態を表わす。
    ところが、人はなかなか完成しない状態に置かれると、
    一様に首を傾(かし)げてしまう。
    これがモドカシゲ、現代表現ではモドカシイという言葉になる。
    と書いている本人も、表現の拙さにモド・カシゲであるが。
    ところが、メジャという読み方からは、
    英語のmajor(メジャー=ギリシャ語のmegas、
    ラテン語のmagnus)の語源となる。
    こちらは、ネイティヴなエジプト人、
    あるいは白人系の神官ポテペラ一族の読み方ではなかろうか。
    さらに、ギリシャ語で10はdeca(デカ)であり、
    これがデカイの語源。
    このように、古代では10は概ね大きいを意味するのである。


    さて、古代エジプトで数詞は
    ヒ・フ・ミ…であるとする理由だが、

    これは意味を調べると理解できる
    。例えば、ヒは太陽で一個しかないから1。
    エジプト語のラーではなく、イスラエルの言葉である。
    フは天(f)を意味するから太陽の次で2。
    ミは自分の体(身)を指すから、太陽と天の次で3となる。
    また、ミは英語のme(ミー)の語源でもあり、
    元々が数詞で3なので三人称となるのが正しい。
    しかし現在では、自分を中心とした概念の人称で
    一人称とされている。
    meとは逆に、he(ヒー)は本来は太陽であるから、
    元々は一人称だったものが現在では三人称となっている。
    このように、一人称と三人称は元来の意味とは
    逆になっているのである。

    人称の逆転というのは、
    白人系の自己中心的な思想の産物である。
    元々は、神が中心の一人称であり、
    自分は3番目の三人称で謙っていた。

    しかし、おそらく白人系のヒクソス(ラムセスの系統)が
    台頭したことにより、自分の事を唯一で偉大を意味する
    ア(我=日本古語でアと読む=a)と
    言うようになったのではなかろうか。
    なお、2番目が天を意味するフなので、
    元々は一人称のイエスから見て御父が二人称となり、
    それで父をフと読むのである。
    御父は人類には直接関わらない遠い存在なのである。
    アナタとは、元々は自分から遠い存在なので、
    山の彼方も二人称のアナタと読まれるのである。
    カール・ブッセの詩に、
    「山の彼方の空遠く、幸い住むと人のいう…」
    という美しい表現があるが、実は上田敏の訳の妙と言える。

    ところで、四はヨであるが、これは葦が二本で双数を意味する
    Yの二倍(合わせる)を意味する。
    双数の二倍なので2×2=4となる。
    五はイツであるが、これは葦が一本で単数を意味するイと、
    手の合成語で「片手」を指す。
    ヒエログリフで書くとit。
    要するに、片手は指が五本なので、5の代名詞となるのである。
    今でも御主人が片手を上げてお小遣いをねだると、
    奥さんは優しく五百円硬貨を渡すとか…。
    次の六はムだが、正しくはム・ウであり、
    三本波mが二つ合わさったので6となる。
    六のもう一つの読みであるムツの方は、
    三本波で表わされるムと両手の合成語で、
    要するに指を三本立てた両手の数なのである。
    ちなみに、英語のハンドは「半手」と書くのが分かりやすく、
    本来は両手の半分、すなわち片手という意味である。
    それで、二本の片手を合わせると複数形のハンズになるのである。
    英語って理屈をこね回していて変だよねー!

     次に七のナナであるが、神は天地創造を七日間で為したので、
    「為す」という意味のナと呼ばれる。
    これが意匠になると七支樹となり、植物の「菜」の語源となる。
    七支樹の葉の数は、デザイン的に七枚が美しい。
    ナナと二度続けるのは、強調かあるいは、魚(ナ)の形になる
    菜の葉の数と考えられる。
    八のヤは、神そのものを指す。
    八(ハチ)には同音の蜂があり、天の三神を模った
    下ナイルの象徴が蜂である。
    要するに、蜂のシンボルには天の三神を説いた
    イエスが隠されていたのである。

     神(ヤ)は天地創造の七日目に休まれたので、
    七で一応の完結となる。
    それで、また神から数え始めるのだが、
    今度は新約の神である。
    最初の七のサイクルでは旧約のヤハウェが最初の日(ヒ)。
    八からは新約の神なので、下ナイルの象徴である蜂と同音の
    八が新たな始まりとなる。
    また、「休む」や「屋・家(や)」の語源もここにある。
    すなわち、ヤ・スマワレタ(神・住まわれた)場所が
    太陽であり、これが休むの語源となる。
    太陽神は象徴的な言葉ではないのである。
    また、神の休む所が家(や)となる。
    このように、神の居られる太陽が御座そのものである。
    以上のように、太陽は二度目の登場となる。
    九のココは、八で表わされる太陽に対しての「此処(ここ)」
    という意味で、地球を指す。
    十のトウは手を合わせるという意味で、
    五本指の両手で十本指となる→tw。


    ここまで書くと必然的に分かるのだが、
    一・二・三…(ヒ・フ・ミ…)は
    天地創造の記述に一致している。

    最初は「光あれ」のヒ。
    二番目は天と地を分けたので、分の別の読みであるフ。
    三番目は、天の下の水を一ヶ所に集めたのでミ。
    また、三日目には木が実を生じている。
    四日目は昼と夜を分けたので夜のヨ。
    五日目は生き物を創り片手で祝福したので、
    片手の指の数でイツ。
    六日目は、男と女を創って結ばれたのでム。
    また、古語の産(ムス)につながる。
    七日目は作業が為されたのでナとなる。
    八日目以降は、神(ヤ)を此処(ココ=地球)で拝す
    (手を合わせる=トウ)となる。
    要するに、数詞が夜などの名前になっているのである。

    また、万葉集ではヤスミシシという表現がよく使われる。
    「八隅知之 吾大王 高照 日乃皇子…」などのように、
    王(おおきみ)にかかる言葉であるが、
    一般には統治する国の隅々という意味に解釈されている。
    しかし、先のようにヤスミは太陽神の住む御座なので
    あるから、これは太陽神に対する賛辞となる。
    だからこそ、続いて「高照らす日の皇子」として、
    太陽神の代理の皇子が登場するのである。

    以上のように、一・二・三…(ヒ・フ・ミ…)は、
    ヒエログリフの解釈により、意味が明らかになる。
    なお、ここで古代エジプト語と言っているのは、
    エジプト時代のイスラエルの言葉という意味である。
    だから、原エジプト語も含んでいるかもしれないし、
    イスラエル独自の言葉だったものも
    当然含んでいるのである。

    平御幸(Miyuki.Taira)の預言された古代史 




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