ケメのヒーリングスペース

    0磁場分杭峠~安曇野を起点に、スピリチュアルシンクロヒーリングな日常を綴ってます。

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    1%の資本家にコントロールされない為の99%の人の為の生活の指針

    2011/10/17 11:58 ジャンル: Category:世界
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    まさに夢の生活!
    15年間お金を使わずに生活するとても豊かな生き方





    ドイツのとある女性の生き様が、現地メディアで取り上げられ、注目を集めている。彼女はこれまで15年間、お金を一切使わずに生活しているというのだ。しかし、彼女はホームレスではなく、衣食住に不自由なく暮らしているという。

    また2冊の著書を出し、彼女の生き様はドキュメンタリー映画にもなっているのだ。では一体、どのように暮らしているのだろうか? どうやら彼女の生き方には、さまざまな知恵と工夫があるようだ。
    お金を使わずに生きる女性、ハイデマリー・シュヴァルマーさん(69歳)の人生は、決して楽な歩みではなかった。東プロイセン(現在はポーランド、ロシア、リトアニアが分割統治)で生まれた彼女は、第二次世界大戦後に家族と共にドイツに難民として移住した。大人になり20年間教師として務めた後に、精神科医として働くこととなった。

    学校教師として働いている間に結婚し、2人の子どもを設ける。しかし、夫との関係がうまく行かずに離婚し、女で1人で子どもたちを育てることとなる。

    そんな彼女の人生に大きな変化が訪れる。1989年、2人の子どもを連れてドルトムント市に引っ越したときのこと、彼女は多くのホームレスの姿を目の当たりにし、衝撃を受けた。彼らのために何かできないかと思案した末に、1994年「譲り合いセンター(Give and take central)」を設立する。

    これは、お金を使わずに価値を交換する施設である。たとえば、古着を台所用品と交換できたり、車に関するサービスを提供する見返りに、配管サービスを受けられたりなど、価値と価値を交換することができるのだ。この施設は、数多くの失業者の助けとなり、彼女のアイディアを真似した施設が、ドイツに多数誕生した。

    お金にはならなくても、知恵や技術を持ち合わせた人が集まることにより、お互いを助け合うコミュニティが形成されたのだ。

    この成果から、彼女は暮らしていくのに、「お金」は本当に必要なのだろうか? と疑問を抱くこととなった。自分が欲しいもののために、相手に貢献することこそ、本当の仕事だと理解したのだ。

    そして、お金のためだけに働くことが、精神的・肉体的に苦痛を伴うとはっきりわかり、施設設立から2年後に仕事を辞めることなる。さらに、子どもが大きくなり家を出て行くと、不要なものはすべて廃棄、アパートさえも引き払ったのだ。

    お金を手放し、仕事を手放し、家さえも手放した彼女。しかし暮らしていくのにはまったく困ることのない、自由な生き方を手に入れたのである。当初は1年間だけの実験であったはずが、すでに15年間も続けている。

    彼女が暮らしていけるのは、「譲り合いセンター」があるおかげだった。ここに物々交換所であるだけでなく、宿泊施設も備えていた。さまざまな雑用をこなせば、寝泊りすることができる。また、彼女を迎えてくれる家庭も少なくない。というのも、施設を作ったおかげで失業者たちは自らの技能を活用できるようになり、また出版したおかげで、豊かな生活を送れる人が増えたのだ。彼女に感謝している人の数は計り知れない。

    そして何より、彼女自身働き者だった。家事はもちろんのこと、雑用でも何でもしっかりとこなしてくれる。一晩泊めるだけで家中のことがはかどるのは、主婦にとって有難いことであった。自分が働けば働くほど、喜ぶ人が増え、欲しいものが手に入る。そうして彼女は、お金を稼ぐことでは味わえなかった豊かさを得たのだ。

    そんな彼女は普段、スーツケース1個で生活している。必要なものはそれだけ。緊急時のために200ポンド(約2万2000円)を蓄えている以外は、すべてのお金を寄付している。著書やドキュメンタリー映画の売り上げもすべて寄付しているそうだ。

    1つだけ問題があるとすれば、それは健康保険を支払っていないため、病院に行けないことだ。病気やけがの心配があるのだが、彼女は自然治癒力で、治すと豪語している。

    夢のような暮らしぶりなのだが、慣れるまでは随分苦労したに違いない。いずれにしても、いろいろな欲求をコントロールできない限り、彼女のように生きて行くのは難しいのではないだろうか。

    参照元:ODDITY CENTRAL, LIVING without MONEY(英文)   【ロケットニュース24】


    25年前、チェルノブイリの事故で学んだのは、1%の資本家によるコントロールから逃れる方法は、お金を使わない生活に他ならないと言うことだった。あの時も脱原発のデモが行われたけれど、あの時足りなかったのは、資本経済に対する認識とそこに背を向ける覚悟と指針だったと思う。
    期は熟したようだ。
    正にいま、99%の人々がデモと同時に目指す生活の指針を示されたと思う。




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    【田中龍作ジャーナル】
    「99%の声を聞け」 貧困撲滅訴え世界同時アクション ~下~
    2011年10月16日 16:31

    貧困は今や世界共通のテーマだ。パレスチナの旗(右)を掲げる参加者もいた。(15日、新宿西口。写真:筆者撮影)

     新宿柏木公園。「国境を越えて連帯するぞ」「増税反対」…シュプレヒコールを先導しているのは、フリーターの園良太さん(30才)だ。園さんは08年秋の「麻生邸見学ツアー」デモに参加し、逮捕された経験を持つ。

     08年は日本の非正規労働者にとって、忘れることのできない年だった。この年の秋、庶民から暴利をむさぼるために自らが仕掛けた住宅バブルが弾けて、米投資銀行リーマン・ブラザーズが倒産した。世界的な金融危機へと発展し、日経平均株価も大暴落する。いわゆる「リーマン・ショック」である。

     日本企業は、派遣労働者や非正規社員を解雇し急場を凌いだ。このため数万人規模の失業者が出た。ほとんどが工場労働者だ。職と共に住宅も失うため、彼らは路上に弾き出されることになった。年末の「派遣村」につながる。

     広大な日比谷公園は、夜露を凌ぐテントと空腹を満たす食事を求める非正規労働者で溢れた。

     住居も仕事も失い食うや食わずとなった大勢の非正規労働者を尻目に、毎晩帝国ホテルで豪華料理に舌鼓を打っていたのが、時の首相である麻生太郎氏だった。「麻生邸見学ツアー」は、格差の頂点に君臨する人物の“お屋敷”を一目見ようというものだった。
     
     日本の「派遣村」「麻生邸見学ツアー」は、ニューヨークの「ウォール街占拠」「銀行包囲」に先駆けていたことになる。「あの頃(08年秋)から続いているのよね…」、東京アクションの主催者の一人である雨宮処凛さんは、眼差しを遠くに置きながら振り返る。園さんは「あの頃より(事態は)悪化している」と唇をかみしめた。

    富がごく一部分に偏る社会が豊かになれるはずがない。参加者のアピールは至極当然なものだった。(新宿西口。写真:筆者撮影)

     「TPP」「増税」「社会保障」……。新宿会場の集会・デモは、アピールのテーマがあらゆる分野に及んでいたが、いずれも格差につながるものだ。

     『99%が行動すれば世界は変えられる』。福島出身の女性(現在は都内在住・30代)は、手製のプラカードを持って参加した。「99%の庶民が1%の富裕層を支えるのも、バカ高い電力料金を利用者が負担するのも根っこは一つ」。女性は静かな怒りを込めて語った。

     「日本人は我慢強く大人しい」と言われる。マスコミを使った政府の世論操作で真相を隠し抑え込んできた面が大きい。だが、ネットの普及などでウソが明るみに出るようになった。原発事故で人々のうっ憤は溜っている。もし生活に直結する大問題がもう一つ起きたら、怒りに火がつく可能性は高い。その時は六本木ヒルズか国会前占拠となるのだろうか。
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