ケメのヒーリングスペース

    0磁場分杭峠~安曇野を起点に、スピリチュアルシンクロヒーリングな日常を綴ってます。

    八咫鏡・縄文銅鏡は古代人がオーブの存在を知っていた証?

    2011/09/24 18:13 ジャンル: Category:オーブ
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    写真に写りこむ光体は単なるバグとされてきた。しかし、これを知的生命体と考えると多くの現象が説明できることがわかってきた。
    オーブは「この世」の向こう側にある“別次元の現実世界”について、様々なことを教えてくれている!オーブ現象を追い続けてきた二人の博士(実験物理学/神学・法学)が導き出した結論は、「霊」や「あの世」への再定義をわれわれに迫るものだった!長期に及ぶ研究・実験・検証の成果をまとめ上げた迫真の科学ドキュメント。



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    スピリットはデジタル写真を利用することで自分の存在のゆるぎない証拠を示す方法を見つけた。
    1・オーブはスピリットそのものではなく、スピリットからの放射。
    2・自らの意思でデジタル写真に現れる。
    3・現代のデジタル写真はごくわずかな物理的エネルギーでオーブを写せる
    4・記録される為に、フラッシュ等の光源やエネルギーをちょっぴり利用している。
    5・写真に写る為にカメラの方へレーザーのような正確さで、エネルギーを集中する。
    6・写真に現れて欲しいという要求にこたえる。
    オーブは希望のメッセージを伝える






    動くオーブ






    安曇野須佐渡渓谷の延命水の一角IMG_0313 (225x300)

    ここは道路に面した所から少し右へ登った所にある。
    最初にカメラを向けた時白い○がわんわんとみえるので、てっきり太陽光線が水滴に当たっているのかと思い
    角度を変えたり、レンズをふいたりして、それが治まるのを待った。要するに邪魔だと思ったのだ。
    すると娘が来たので、「ねえねえ、たまゆらならここでイッパイ取れるよ!やっぱあれは水滴と光線の加減で映るんだよ・・ほら・・・」と言ってカメラを覗いてみると・・・ない。カメラを何処へ向けても・・・○の子ひとつもない・・・。
    たった今あんなに邪魔だと思うほどいくつもいくつもふんわり漂っていた○が一つもなくなっていた。
    確か微妙にふんわり漂っていたのだ。
    この写真の岩の奥まった空間からこっちへ向かって、帯状に写真が青くなっている部分が気になる。
    ・・・・とくらいしかこれでは書けないのでもう一度、ここを撮りに行く気満々なのだが・・・UFOと同じで、
    2度と観る事が出来ないかもしれない。邪魔だと思っちゃったんだから・・・・。

    そしてある日、このブログに訪問してくれている方の中に、【まる】と称して自分で撮った○の写真をアップし、
    【まる学】と題するコーナーまでつくられているのを発見した。オーブ写真集とかたまゆらなんとか・・とか、ブログ名が違っていたら、もっと早く発見できたと思うが・・・・。ブログ名につい臆してしまい、訪問しても毎回早々に引き揚げていて、発見が遅れた。(ピンピンがビンビンに見えてたせいもある、今拡大してみて初めて知ったピンピンだったんだ~文字が小さいと同じでしょ?)済みません・・・私が勘違いしてました

    否、私の個人的な勘違いとかそんなことはどうでもいいのですが・・・・。
    この人の撮る○は凄い。縄文遺跡から発掘される鏡のようだ。
    その後あちこち探してみるが、一番最初の動画で最後に写しだされる仏陀の傍の○画像が一番近いと思います。
    何はともあれ、興味のある方は是非一度こちらを訪問されるのがよろしいかと思います。
      ↓
    ピンピンシニア 今日も行く
    嫁が十分な小遣いをくれなくたって、飯を子供と差別されたって、俺はたくましく生きよう。あれもこれもピンピンだあ~~~  元気です。

    私はそれを見て、縄文の人たち、少なくとも卑弥呼等のシャーマン達は、○の存在を知っていて、それを鏡の裏?に映したのではないかと確信する。八咫の鏡の元も○と確信する。・・・妄信か?

    椿井大塚山古墳・三角縁神獣鏡
    sosi_kagami_gamontai.jpg


    土佐日記 紀貫之【らくらく化学実験_つれづれ化学草子 鏡の巻
    ・・・いや吹きにいやたちに、風波のあやふければ、楫とりまたいはく「幣には御心のいかねば、御舟もゆかぬなり。なほ、うれしとおもひ給ぶべきものたいまつり給べ」といふ。またいふにしたがひて、「いかがはせむ」とて、「眼もこそ二つあれ、ただ一つある鏡をたいまつる」とて、海にうちはめつれば口惜し。さればうちつけに海は鏡の面のごとなりぬれば、ある人のよめるうた、
    ちはやぶる神の心を荒るる海に鏡を入れてかつ見つるかな
     いたく、住の江、忘れ草、岸の姫松などいふ神にはあらずかし。眼もうつらうつら、鏡に神の心をこそ見つれ。



    神秘な鏡
     土佐日記中の有名な段、住吉への紀行文からの引用で、荒れ狂う海をなだめるために幣を奉納したが、そんなものでは神様はご満足いかず、貴重な鏡を奉じたらたちまち海は鏡面のように静まったという話。作者の紀貫之のように旅に鏡を携帯するのが一般的であったものか定かではありませんが、話にあるように鏡は神様が欲しがるほど貴重な物として扱われています。また、鏡は古代の人たちにとって神秘的な存在であり、左右対称とはいえ実像を映し出す鏡はどこか別の世との接点を持つ異様な物として見なされていたに違いありません。そう言えば、某童話の「鏡よ鏡よ…どうか答えておくれ…」というフレーズにも、鏡の持つ不思議な力が象徴されています。

    青銅鏡の製作についてはこちら→      【編集・連絡先】埼玉県立坂戸高等学校化学教室 山田暢司

    鈴木 俊輔 の サトルの泉
    精神文明の完成は、ミヨイタアミラ国(ムー)以前の出来事と思われる。
    その完成体は、言霊宇宙曼荼羅として火具土という神人によって粘土板に記されたのであろう。
    一万二千年前にムーが沈没して以後の後代、再び地球の修理固成と国つくりを経て、やがて銅鏡にもその宇宙ロゴスの全景が前時代の形見として刻まれていった。
    それがヤタの鏡である。
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    おはようございます。

    照れてしまいますね。
    人気のないブログなのによくおいでくださいましたというのが実感です。


    まる学はごく短時間で書き上げました。
    だから、書かされたという感じがしています。

    私はまるは実在するものと思っていますし、実在するからには宇宙の物理法則に従っているはずです。
    であれば、証拠があるはずです。
    カミオカンデでニュートリノを検出したように、必ずもっと証拠となるものが手に入ると思っています。
    当面は写真なんですけど。
    過去に何か写ったものがあれば見せていただければうれしいです。
    [ 2011/09/25 07:01 ] [ 編集 ]
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